「恐山 死者のいる場所」(南直哉:新潮新書)

 永平寺曹洞宗の奇才といってもいい南直哉が、日本三大霊場のひとつ、青森県下北半島の恐山について書いている。南直哉が2005年に恐山の菩提寺の院代(住職代理)として入ったことは、彼の他の著作で読んでいた。その時に、この菩提寺永平寺と同じ曹洞宗の寺だと言うことも知った。それと、ひょんな縁で恐山山主の娘さんと結婚したということもこの本で知った。
 南直哉が恐山について何を語るのか興味があった。恐山のイタコ、そのイタコを頼って、いろいろな人が、亡くなった親、子供の霊を呼び出すべく、イタコの口寄せを頼みに来る。そのイタコは恐山にいるわけではなく、南直哉が院代を務める菩提寺が管理しているわけでもないという。しかし、この菩提寺は、温泉もあり昔から湯治場ともなっている恐山の宿坊ともなっている。そんなわけで、南直哉は、恐山を訪れたいろいろな人の話を聞いている。そういったものを通じて、恐山について考えてきたことが語られている。
 死者の存在とは何か、死後の世界はあるのかないのか、死は生者の側にある、恐山はパワースポットではなく、“パワーレススポット”だ、恐山は仏教では割り切れない場所である、等々、恐山のことだけでなく、
人間の生と死、魂の行方、日本人の自然信仰、山岳信仰、等いろいろと考えさせられる。
 いささか遠いが、恐山にもぜひ行ってみたくなった。私が4歳の時にあの世に行った母を、イタコに頼んで口寄せしてもらいたい気がしないでもない。