<島根古代史ツァー その3>

 2日目の朝、ホテルを8時20分出発、三瓶小豆原埋没林公園というところへ行く。4000年前の三瓶山の噴火により埋没した樹齢600年の縄文杉は直径2メートル以上、高さ50メートル (推定)と巨木で、よくもこんなものが発掘されたものだと驚く。しかも4000年前の樹木が腐らずに残っていることも驚異だった。
 続いてすぐ近くの物部神社・石見一の宮を見学。これも1500年以上も前に建立されたもので、石見の古代史を考える上では欠かすことはできない。古代史を少し読み始める前までは、物部と言えばすぐに、物部守屋蘇我馬子との間で廃仏対崇仏の戦いをして敗れたという程の知識しかなかった。物部氏の祖先は饒速日命(にぎはやひのみこと)、この命は神武天皇が東征して大和に入る前に先に大和を治めていたという。物部氏のその後については歴史から抹消されたかのような扱いがされているようだが、「物部氏の正体」(関裕二:新潮文庫)を読むと、いろいろなところにその影響力を残しているようだ。松岡正剛もこの本を取り上げて物部氏について書いている。
 物部氏についてはあらためて整理して書いてみたいと思う。

 昼食は石見大森の吶々庵でいただいた。昼食後は大森の町並みをゆっくり見て回った。次に江津市都野津町にある柿本人麻呂神社にお参りし、続いて石見二宮・多鳩神社にお参り。なかなかの格式のお宮さんでした。神社の方が我々にお神酒をふるまってくれた。色々な神社をお参りしたが、お神酒をふるまわれたのは初めてで感激でした。
 この日の宿泊は浜田ワシントンホテル。夕食は県立大学副学長で両国高校の先輩でもある飯田教授が加わり、ホテルの裏の“月読の命”にちなんだ浜田駅前の「月読」で食事。飯田先輩から、柿本人麻呂や古代史の話を聞きながら楽しく食事をした。