円蔵院枝垂れ桜

同じマンションの妙齢婦人から、円蔵院の枝垂れ桜がきれいだと教えられ、カメラ片手に早速行ってみた。歩いていけるところなのに永年住んでいて知らなかった。
 昔は畑や雑木林だったのだろうか、所々にまだ「原っぱ」的な空間が残っていて、何となく懐かしい。閑静な住宅地の中に、小さいが歴史を感じる立派な寺があり、それが円蔵院だった。
 見事な枝垂れ桜が仏塔や寺の本堂とマッチして絵になる。ちょうど、近くの女子高生が茶席を催してくれていて、花見客に抹茶を無料で飲ませてくれていた。枝垂れ桜を観賞しながらお茶をいただくなんてのも乙なもんだ。
 
 またまた、同じマンションの妙齢婦人4,5人のグループと出会い、その中のお一人の樹木女史に境内の花の名をいくつか教えていただいた。

 平日にこんなことができるのは退職したからだ。退職してみて、日本人ビジネスマンが如何に心に余裕のない、非人間的暮らしをしてきたかを感じる。
 わがマンション(団地)内にもいろんな樹木がきれいな花を咲かせてくれる。桜が団地内の緑道に植えられていることにも気がつかなかった。マンションの階段を降りて目の前のバス停から乗り、夜はいつも暗くなってから帰る。休日になってもゆっくりと団地内を歩くということもなかった。
 
 今の現役の若い方々は我々の時代よりもっとスピード、効率とせき立てられ益々心の余裕がなくなってきているのではないだろうか。仕事を辞めたら生活ができなくなるのでやめるわけにはいかない。しかし、もっと労働時間を短縮し、職住接近、明るいうちに帰宅できるようにして、平日でも自分の時間、家族との時間を多くとる工夫をして、より人間らしい生活をしてほしいものだ。

 花見の話から、とんだオイの繰り言になってしまいました。
枝垂れ桜と女史に名前を教えてもらったムラサキ大根の花とキブシをご観賞下さい。

「花をのみ待つらむ人に山里の 雪間の草の春を見せばや」
だれの歌だか忘れたが、若いときから好きな一句です。桜もいいけど、この時期やはり野の草の可憐な花に愛着を感じる。