「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一:講談社現代新書)

 題名が気になり、1,2か月前から、読もうか読むまいか迷っていた。何かの書評で文章が詩的で読むものをぐいぐいとひきつけるとあったので買って読んだ。この手のサイエンスものは、講談社ブルーバックスなどいろいろと読んできたが、サイエンティストの書く文章はときに硬すぎ、また、専門的に過ぎて、読んでいくうちに中身の面白さよりも読みにくさが先に立ってしまい、途中で断念してしまうことも多い。
 この本は分子生物学とはどういうものなのか、遺伝子工学、クローン、ES細胞、代理出産等を取り上げながら、一般向けに分かり易く説き、生物という不思議な存在のあり方の本質に迫る本だ。難しい個所もあるが、文章も洗練されており、生命のありようの解明に向けて論旨を組み立ててゆくミステリ的な味があり、この手の本にしては珍しく一気に読まされてしまった。

 分子生物学とはどういうものなのか、をハーバード大学医学部で研究員として過ごした経験の上に一般向けに分かり易く説き、生物という不思議な存在のあり方の本質に迫っていて、読み応えがある。
 遺伝子工学、クローン、ES細胞、代理出産などなど、今、テクノロジーの最先端はバイオ関連なわけだが、細かなこととなるといまいちはっきりした知識がある訳ではなかった自分にとって、なかなか有意義な本ではあった。
 また、この業界、いや学界のどろどろしたとさえ言える競争の激しさとか、現場研究者の過酷な生活とか、アメリカの諸都市の風物とか、興味深い話が沢山開示されている。DNAの二重螺旋の発見に至る過程の裏のエピソードも面白かった。

 人間の細胞は全部で60兆個あるという。その一つ一つの細胞の中に遺伝子を形成する30億ものヌクレオチドがある。その細胞ががつくる自分の表層、すなわち皮膚やつめや毛髪が絶えず新生しつつ古いものと置き換わる。しかし置き換わっているのは何も表層だけでなく、身体のあらゆる部位、それは臓器や組織だけでなく、一見固定的に見える骨や歯ですらも、その内部では絶え間のない分解と合成が繰り返されている。
 「生命とは要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果である。」「生物が生きている限り、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質も、ともに変化してやまない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。」そして、その生命の秩序が守られるためには絶え間なく壊されなければならないという。こうした生命の動的な状態という概念を、著者は「動的平衡」と呼ぶ。つまり、生命とはよく言われるところの「自己複製するシステムである」という定義だけでは不十分とし、「生命とは動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)にある流れである」という。そして、「絶え間なく壊される秩序はどのようにしてその秩序を維持するのだろうか。それは、つまり、流れが流れつつも一種のバランスを持った系を保ちうること、つまりそれが平衡状態(イクイリブリアム)にある流れということではないか」と語る。
 「生命とは自己複製するシステムである」という定義はいろいろな本でなんども聞かされてきた。これだけで、あの複雑な生命の原理は説明し尽くせないだろうと思ってきた。上記のような著者の説明を聞いて、生命の不不可思議さがもう少し深くまで分かってきたように思う。
 最先端の分子生物学がここまで来ているのかという驚きとともに、生命というものの不可思議さと偉大さをあらためて思った。
 神が生命をつくったわけではない。しかし、こんなすごいものをつくれるのは“Something Great"さんしかいないだろうと謙虚に考えることが、人間に信仰心を起こさせたのだと思う。

 生命科学分子生物学にご興味がある方は是非ご一読を!