“いとしあ有楽町”

 皇居東御苑を散策し、大手門を出てパレスホテル前まで歩いたら、有楽町、東京を巡回する無料シャトルバスがあると言うので、アクティブシニア4人、信号待ちをしていたシャトルバスに乗ろうと駆けてやっと間に合った。皇居前を走りながら、東京駅、大手町、有楽町、いわゆる丸の内を巡回してくれる。
 丸の内界隈を散策して、帰りはこのバスに乗って、東京駅や有楽町で降りると言うのも、金持ちならぬ“時持ち”にはありがたいサービスだ。他に、東京駅からお台場、大江戸温泉に行ってくれる無料バスもあるという。
 有楽町で降りて、10月12日にオープンした「ITOCiA」ビルに行ってみた。妙齢さんが「クリスビードーナッツ」の2号店ができたので行ってみようというのでお付き合い。もしかして、あまり長いこと待たなくても買えるのではないかという、妙齢さんのささやかな期待は見事に裏切られ、なんと「2時間待ち」の看板が出ている。 新宿のクリスビーの前は何度も歩いているが、こちらの方はせいぜい1時間〜1時間半程度とのこと。
 たかがドーナッツ!日本人のこの手の現象、いつもなぜだろうと考えてしまう。
 ところで、ITOCiAビルの名前の由来はなんだろうと気になった。丸井が入っているのと、伊藤忠でも絡んでいるのかなと想像したが語呂合わせにならない。そうだ!「有楽町で逢いましょう」の歌詞の中に、「雨もいとしあ うたってる 甘いブルース・・・」という箇所があったことを思い出す。この「いとしあ」に違いないと「ITOCiAビル」を検索した。当たらずと言えども遠からずでした。以下はその説明です。

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有楽町イトシア名称の由来>
 新しい“有楽町の顔”に相応しい名称として開発された「ITOCiA(イトシア)」は、「愛しい+ia(場所を表す名詞語尾)」からつくられた愛称。新しく誕生するこの街が、来街する人たちや利用する人たちにとって“愛しい街”になることを願って名付けました。
<シンボルロゴ デザイン説明>
 歴史と由緒ある有楽町を、クラシカルな明朝体と和のイメージの角印で表現。また、小文字にしたITOCiA の「i」は、愛称の由来である愛しさを「小さな愛」で象徴しています。

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シャトルバスのURLは以下
http://s-ohtsuki.sakura.ne.jp/CommunityBus/ShuttleBus/Sub2%20Marunouchi%20Shuttle%20H180916/index.htm

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「有楽町で逢いましょう」を検索したら、この歌はデパートのコマーシャルソングとして発表されて、この歌でフランク永井がブレークしたと言う。そして、そのデパートとは、有楽町「そごう」だった。今このビルはビックカメラになっている。東京、丸の内、八重洲日本橋、有楽町、昭和が遠くなり、平成も19年が過ぎようとしている。世の中の移り変わりを痛感する。
 歌も、街も、ドーナッツも“世につれ”を実感したそぞろ歩きでした。

「あなたを待てば 雨が降る 濡れて来ぬかと 気にかかる
 ああ ビルのほとりの ティー・ルーム 
 雨も愛しや 唄ってる 甘いブルース 
 あなたと私の合言葉 有楽町で逢いましょう

 心に沁みる 雨の唄 駅のホームも 濡れたろう
 ああ 小窓にけむる デパートよ 
 今日の映画は ロードショウ かわす囁き
 あなたと私の合言葉 有楽町で逢いましょう

 悲しい宵は 悲しいよに 燃えるやさしい 街灯り
 ああ 命をかけた 恋の花 
 咲いておくれよ いつまでも いついつ迄も 
 あなたと私の合言葉 有楽町で逢いましょう」*

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 爽快倶楽部というHPで「昭和歌謡曲 あの時あの歌」というものを掲載している。その歌の流行った頃の時代背景などを語っていて、我々にとっては懐かしい。「有楽町で逢いましょう」の歌詞もここで見つけました。URLは以下の通りです。
http://www.sokai-club.net/contents/anotoki_anouta/anotoki_anouata_00.htm
 以下はこのURLからのコピペです。

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この歌をあらためて聴いてみると、不思議な気がする。この歌からその当時の他の歌が持っている時代感覚が聞こえてこない。曲調としておよそヒットするべき歌謡曲特有の泣きがない。また、これと言ったメリハリがない。要するにヒットするべき要素がほとんどない。恐らくはB面向きの曲と言える。曲の成り立ちがデパートのキャンペーンソングであったから当然なのであろうが、それが突如として大ヒットする。恐らく歌った本人も、作詞家、作曲家も何故ヒットしたのかわからなかったであろうと想像される。何故ヒットしたのか。その問いの答えることがこの歌の意味を知る鍵となると思う。

歌詞をあらためて読んでみると、この歌は、デパートの最大の顧客である女性を主人公にした物語であることが読み取れる。女が雨の宵に「ビルのほとりのティールーム」で男の来るのを待っている。ティールームの窓越しに女の幸福の象徴としてのデパートが見える。やがて女は男と連れ立って「ロードショー」を見に行き、映画の中の恋の物語の中に自分たちの姿を見る。ここには女性にとっての幸福のすべてが暗示されている。こう考えると、これは戦前、戦後と揶揄され続けられてきた若い独身女性が有楽町、銀座という繁華街に出て男を待つという新しい女性像の歌であったことが見えてくる。そしてこの歌を女性が支持した。時代は女性の時代へと変化し始めたのである。後の高度成長経済の中では多くの女性がビジネスガールとして社会に進出していくことになる。この歌は女性だけを意識し、女性だけのために作られた歌であり、それこそが歌手、作詞家、作曲者の思いを大きく超えてヒットしたのであろう。そのために必要な要素とは劇的なドラマではない。ただこの甘い曲調、フランク永井という歌手の甘い歌声であったことがわかる。

「有楽町で逢いましょう」は、戦後民主主義日本がもたらした新しい女性文化のための最初の歌であったのかもしれない。