辰野和男を読む:「四国遍路」「文章のみがき方」

 辰野和男さんは、元朝日新聞の記者で、天声人語を1975年から1988年の13年間担当してきた。数年前に「文章の書き方」を読んだがそれほど印象に残っていない。今回、「文章のみがき方」が出たので読んでみた。国語嫌いで、作文の嫌いだった私は、なんとか人並みの文章を書きたいために、いろいろな人の文章論、作文技術の本を読んできた。文学嫌いの私は、著名な作家の「文章読本」の類はあまりなじめなかった。一番勉強になったのは、ルポルタージュ作家の本多勝一の書いた「日本語の作文技術」(朝日文庫)だった。この本は、部下や後輩にだいぶ勧めた。
 辰野さんの「文章のみがき方」はどんな本だろうかと、書店で手に取ると、ハウツーものではない文章修行の仕方(方法論)が説明されている。辰野さん自身がどんなふうに文章修業をしてきたか、修行をするにあたって、いい文章、いいフレーズを、書き抜き、書きためてきたという。前書に「佳き文章とは、『情籠りて、詞のび、心のままの誠を歌い出でたる』態のものを指していふ也」という太宰治の言葉を紹介している。
 目次を見ると、毎日、書く。書き抜く。繰返し読む。書きたいことを書く。正直に飾りげなく書く。自慢話は書かない。思いの深さを大切にする。などといった項目が並ぶ。いろいろな人の文章を書くにあたっての心構えや、考え方も紹介している。こういう内容なら、自分の文章の修行に少しは役立ちそうだと読んでみた。
 小説家ではないが、文章のプロがいかに苦労して文章を書き続けているかがわかった。同時に、書き続ける、書き抜いて、気取らないで書いていけば、私の文章も少しづつよくなっていくのではないかと元気づけられた。
 辰野さんの書いた「四国遍路」(岩波新書)を以前買っていた。四国八十八か所をいずれ回ってみたいと思って購入したのだが、最初の方だけ読んで、関西を離れてから途中で中断していた。「文章のみがき方」を読んで、「四国遍路」を読みなおした。
 辰野さんは、40代で一度、八十八か所の一部を回ったことがあったとのこと。今回は七十を過ぎて、全コースをすべて歩いて回ったという。自分の足で歩き、自分の目で見たこと、自分の身体で体感したことなどが飾らずに、淡々と描かれた四国八十八ヶ所礼記になっている。
 遍路さんに対する“お接待”という行為、言葉を初めて知った。遍路さんに対する四国の人たちの何百年も続いている“お接待”の伝統、歴史の中にある、懐の深さを感じた。辰野さん自身が受けたお接待、見聞きしたお接待の良い話を読むと、自然と感動して目頭が熱くなった。小説のような感動とは違うが、久しぶりに本を読んで涙が出た。“情の籠った”素晴らしい四国遍路記でした。
 岩波書店に勤務していた、本の好きだった次兄が、六十歳で食道ガンで死ぬ数か月前に、定年になったら、ゆっくりと四国八十八ヶ所巡礼をしたいと思っていたのに残念だと言っていたことを思い出した。私は、関西にいる時に姪のいる香川に行った時に、善通寺に寄っただけだった。八十八ヶ所は無理だったとしてももう少し回っておきたかった。
 辰野さんも、東京から、数回に分けて行っている。私も機会を作ってトライしてみたいと思っている。