「秀山祭」→加藤清正→清正人参=セロリ

 先日、たまたま、TV放映していた、歌舞伎の「秀山祭」を観た。
戦国時代、鎌倉、江戸時代の歴史は歴史上の人物の名前くらいしか覚えていないし、歴史の流れも勉強していない。また、NHK大河ドラマも進行のテンポが遅いのと、見る時間に拘束されるのでほとんど見て来なかった。もっとも今なら、HDDに録画して好きな時間に見ればいいわけだが、他に読みたい本や、したいことがあるので時代物の大河ドラマは見ないできた。
 そんな私ですが、たまたま見た「秀山祭」という歌舞伎、徳川家康豊臣秀頼の二条城での会見の物語だが、中村吉衛門演ずる加藤清正に引き込まれ、最後まで見てしまった。機会があれば、歌舞伎座で見てみたいと思った。
 能や歌舞伎、今までほとんど見てこなかったが、日本人として、もう少し古典芸能も鑑賞しなくてはいけないなと感じるこの頃です。
 
 ところで、加藤清正ウィキペディアで調べたら、セロリのことを別名、清正人参というとのことを発見した。以下はコピペです。
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 豊臣秀吉朝鮮出兵、文録・慶長の役(文録1年:1592年と慶長2年:1597年)の時に、加藤清正によって持ち込まれたとの俗説があります。そのため、セロリは清正人参(キヨマサニンジン)との名で、江戸時代の「本朝図鑑」に記録されています。ニンジンもセロリと同じセリ科で、同じように香味野菜独特の香りをもっていますから、ニンジンと呼んだのもうなずけます。なお、このセロリは芹菜型のものでしょう。ところで、不思議なことに、岡山城内に明治時代まで野生状態で生育していたと言われています。
 その後、江戸時代・文政年間にオランダ船によって、再度セロリが伝わりました。セロリの和名が和蘭陀三葉(オランダミツバ)と言うのは、ここにルーツがあります。この時は、ニンジンでなく三葉を連想しています。
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ついでに、加藤清正についての面白い記事があったので、以下にご紹介します。

≪今日は何の日?徒然日記:加藤清正・疑惑の死≫
http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2007/06/post_4e00.html