除夜の鐘、百八の煩悩

 明日は大晦日、毎年NHKの除夜の鐘を見て、聴いてきた。梵鐘の音は1/fのゆらぎがあるとかで、日本人のDNAの中には、この梵鐘の音に心響くものがインプリントされているのだろう。
 除夜の鐘は百八をたたく。煩悩多きHenryのゴルフもなかなか108前後から抜け出せない。
 昔読んだ雑誌の中である坊さんが面白いことを書いていた。仏教でよく四苦八苦という。四苦は「生・老・病・死」、この四苦八苦に、「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」の4つの苦を加えて八苦。この四苦八苦を九九で計算する。4x9=36、8x9=72、36+72=108になるというわけだ。
 この108の煩悩は、5世紀のインドの高僧ヴァスバンドゥ=Vasbandhu=世親、という人が、「阿毘達磨倶舎論」(あびだつまくしゃろん、略して倶舎論)の中で108の煩悩について詳述していることが起源のようだ。この世親さん、日本では法相宗の坊さんであり、興福寺に、兄の無着と共に、日本彫刻史を飾る傑作として「無着・世親像」が収められている。
 世親はまた、「唯識三十頌」という唯識仏教のことも書いている。仏教界では唯識三年、倶舎八年と言われる位、唯識、倶舎を理解するのは難しいそうだ。私も解説本に挑戦したが、なかなか大変な思想であります。
 てなことで、またまた、今年最後の遍理の蘊蓄となりました。明日は、世親を思い浮かべ、我が身の消え去らぬ煩悩を見つめながら、除夜の鐘を聴くとしよう。