新年ご挨拶 歴史的仮名遣ひ&九福神
新年明けましておめでたうございます。今年は家人と二人だけの正月。年末年始の準備もなく気が楽な正月だが何となく寂しいものだ。もしかしたら二人だけの正月は子供が生まれてから初めてかも知れない。そんなことを考えていたら、次男が孫娘と一緒にメキシコからスカイプで接続してきた。孫娘がおもちゃのキッチンキットで目玉焼きやグラタンを作ってくれるといふ。動画で元気に動き回る孫と話ができる。こういふ技術の進歩には目を見張るものがある。ありがたいことだ。
さて、お蔭様で、我がHenryブログ(遍理机草子)も7年目を迎へました。これからも引き続きご笑覧いただきますよう、お願い申し上げます。
年賀挨拶を添附しました。「おめでたう」はHenryの日本語が間違ったのではなく、今年は“歴史的仮名遣ひ”を勉強して、ブログにも使ってみたいと思ったわけです。
昨年、「私の國語教室」「古文の読解」「ひらがなでよめばわかる日本語」「旧かなづかひで書く日本語」「日本語と時間」などを読んできて、現代仮名遣いの問題点を理解するとともに、歴史的仮名遣ひの妥当性、素晴らしさを再認識した。
いまさら、旧かなづかひの文語文に戻るわけにはいかないが、メール文などは歴史的仮名遣ひを使った方があじわひがあるのではないかと思った次第だ。
A塾の先生が、日本人は七福神にキリストを加え、八福神にした方が良いと話されたことがあった。それならば、いっそのこと、マホメッドを加えて九福神にしたほうが世界平和のためにも良いのではないか。さらに、世界中の神々、仏を包括した、八百万の神を信奉した方がよい。その八百万イズムを日本人にも、世界の人にも広めていけないものかといふおもひを書いたわけです。