孫の言語習得

 一歳八ヵ月の孫の伊織が言語を獲得し始めた。ママとマンマ、ラーメンなど麺類が好きで、メンメと盛んに言って欲しがる。車の運転席に乗っていろいろなボタンやハンドルを回す。私のことはジイジというようになったのだが、私の車と同じワゴン車(ホンダN-Box)を見つけるとジイジと言う。長男の車はホンダの赤いフィットなのだが、赤い似た車を見つけるとタッタン(長男の名前は竜樹なのだが家庭内ではタッちゃん)という。
 ジジババ、長男夫婦が移っている写真を指差して、どれも「タッタン」、ママは認識するようになったようだが、家内の若い時の写真を見せてもママ、ジジ、ババの区別はもう少し時間がかかりそうだ。
 公園で見つけたチョウチョをチョウタ、カラスやハト、カモなど鳥は今のところすべてチュン。名前と形態、これから徐々に学習していくのだろう。
 まだ、単語を並べての文にはなっていないが、時間の問題だろう。
 
 10ピースほどのジグソーパズルは数分でマスターした。親の真似をしてPCはキーボードを叩く真似や、スクリーンをクリックしたり、スクロールをして、自分の見たいYouTubeの幼児向け番組を見るようになっている。
 サイズの大きいレゴにも興味があるようだが、まだ、組み立てるまでには至ってない。しかし、つけたり、外したりが好きなようだ。私の二人の息子たちには小さい時からレゴを買ってやってきた。二人ともレゴは好きだったようでよく遊んでいた。そんなことで、次男の子供たちもレゴでよく遊んだようだ。
 レゴはデンマークの玩具会社でデンマーク語のleg godt(よく遊ぶ)からつけたそうで、1934年創業の木製の玩具会社だったようだ。子供の知性発達に役立つ素晴らしい玩具の発明だと思う。孫の伊織も多分好きになって、親や私たちにねだるようになるだろう。それもまた良しかな!
 
 スマホもいじるのが好きで、親の真似をして盛んにクリックやスクロールをする。二歳、三歳と時間とともに、どの様に成長していくのか、楽しみであるとともに興味がある。

コロナとバロック?

コロナ第二波が現実のものになってきたが、テレビニュースを見るのもいささかと言ってはいけないが、食傷?気味だ❗ テレビも騒々しいので、久し振りにバッハのバロック音楽を聴きながら夕食、時々バロック音楽も無性に聴きたくなることがある。

ファドと演歌を聴く

夕食後、水割り飲みながらファドを聴き、三橋美智也美空ひばり船村徹を聴く。ファドと哀感を共有していると思う。三橋美智也の声の哀歓は最近の演歌歌手にはない。美空ひばりの歌唱は言うまでもないが、島倉千代子の声、船村演歌のメロディーも心の琴線に触れて、この歳になると味わいがある。最近の演歌歌手も頑張っている人もいるが、今ひとつ、ハートに響かない。これも歳のせいか、時代のせいか❓

「孤愁」(藤原正彦・新田次郎)

 新田次郎藤原正彦の「孤愁」を読んだ。小説嫌いの私としては珍しく、720頁の長編だ。読んでみようと思ったのは、NHKのBSの「父の肖像」という番組で藤原正彦が、父、新田次郎の未完の小説「孤愁」を書き継いで完成すべく、父の「孤愁」にかけた想いをたどる物語が描かれいたためだ。
 この小説、ポルトガル人のヴェンセント・デ・モラエスという海軍士官が日本領事となり、日本人妻と共に、神戸、徳島に住み、徳島で生涯を終えた半生を描いた小説です。日清、日露戦争第一次世界大戦の時代背景の中で、日本、日本人、日本文化を愛し、数奇な孤愁を味わってきた、ラフカディオ・ハーンと同じような人がいたことを知らなかった。
 ”孤愁”という心情はポルトガル人特有の文化、歴史の中で育まれてきたもののようであるが、新田次郎はその”孤愁”の中に日本人にも通底する、心情、感性を感じ取ったのではないだろうか。
 番組の中でも紹介されたFADOというポルトガル民族音楽を聴き、日本の演歌、民謡、などにも共通するものがあると感じた。以前、ちあきなおみがFADOに関心を持ち彼女自身も歌っているのを聞いたことがある。あらためて、ユーチューブで本場のFADOやちあきなおみのものを聞いてみた。本場のFADOはポルトガル語なので歌詞の意味は分からないが、独特の声とメロディーが、切々とした哀歓を伝えて素晴らしいと感じた。
 
 藤原正彦が、父、新田次郎の”孤愁”をどこから、どう書きつないだかにも関心があり、読み進んだが、後書きを読むまで分からなかった。
 
 いささか、読み終わるのに時間がかかったが、当時の日本を回顧する意味も含め、興味深く読んだ。
 読むことをお勧めしたのだが、長編なので、本を読まれなくても、是非FADOは一度聞いてみていただきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

初めての句会参加

2月の講習会の後、3月から句会に参加する予定だったが、コロナウィルスの影響で休会となっていた。昨日4ヶ月ぶりに再開され、初めての句会となった。
 今回の提出句は
立葵空に向かいて咲き登り
妻の手でうすき髪切る薄暑かな
席題は「しみじみ」
 私の句は
しみじみと演歌の孤愁梅雨の夜
新田次郎藤原正彦の「孤愁」を読み終え、昭和の演歌を聴きながら孤愁を味わう気持ちで作りました。

この日の特選は 
 しみじみと螢袋のうすあかり
蛍袋という植物のことを知らなかった。

俳句を始めて、鬼灯(ほおずき)、時疫(ときのえ)、半夏雨(はんげあめ)など、知らなかった日本語も多く勉強になる。

「7日間ブックカバーチャレンジ 」を終えて

「7日間ブックカバーチャレンジ 」
7日間チャレンジして、七冊、何を選ぼうかと思案したり、書棚から探したり、断捨離にも貢献した。さらに言えば、我が青春時代から今日に至るまでの読書遍歴を振り返る良い機会にもなった。
 どの本、どの著者が自分にどのように影響を与えてくれてきたのかを振り返ることもできたように思う。 
 これから先、どんな本が新しい感動を与えてくれるだろうか。座して待つのではなく、まだまだ自分で歩いて、探して行かなくてはいけないと思っている。
 貴重な経験をさせていただくきっかけを与えていただいた小川さんに改めてお礼申し上げるとともに、面白い本の紹介をお願いしたい。


 

「7日間ブックカバーチャレンジ Day-7」 「無心ということ」(鈴木大拙:角川文庫)

「7日間ブックカバーチャレンジ Day-7」 「無心ということ」(鈴木大拙:角川文庫)


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このチャレンジ、最終日になったが、あと一冊どれにしようか悩んだ。ブックカバーは四冊載せましたが、鈴木大拙の「無心ということ」にしました。
 21歳の時にこの本に出会い、"心無心"ということを教えられた。卓球の試合の時だけでなく、ことに当たって、いざという時に、いつも自分に"心無心"と言い聞かせてきた。
 未だに心無心の境地にはなかなか至らないが、心がけは忘れないようにと思っている。