Buying dictionary から Selling dictionaryへ
Walking dictionaryならぬ、自称Buying dictionaryの小生、余命が限られて来たようなので、終活の一環として、これからはほとんど引くこともないと思われる辞書を処分することにした。
国語、漢和など、日本語関連は30冊余り、新明解国語辞典は版ごとに購入し6冊、英語関係は20冊余り、スペイン語などその他の外国語は4、5冊。
昨今は、電子辞書、スマホでの検索、何語でも調べられる。紙の辞書を引くのはそれなりの味わいがあるのだが、最近は引くことはほとんどなくなってきた。
駐在を終え帰国する時に後輩に差し上げたり、都度少しづつ処分してきた。
現在はPCやスマホに広辞苑、新明解国語辞典、英辞郎Webster、Weblio等をインストールして使っている。
Webでは調べにくい岩波古語辞典、仏教辞典、Oxfotd Pocket Dictionary、新明解国語辞典、類語辞典、Thesaurusなど、10冊程度を残して処分することにした。
読初 龍樹と親鸞ノート
読初
25年前55歳の時に読んだこの本を再読した。
親鸞は私が宗教と哲学に目覚めた原点。龍樹はその親鸞が八宗第一の祖と尊崇したインドの大乗仏教の高僧。
若気の至りで長男に龍樹に因んで、竜樹(たつき)と命名、龍樹の空論を理解できるようになることを人生の目標としてきた。30代の頃から何度か龍樹の書いた、「中論」「大智度論の物語」中村元の「龍樹」、山内得立の「ロゴスとレンマ」などの他、関連する本ろ読んできたが、この歳になっても理解が難しい。
残された時間は少なくなってきたが、死ぬまで読み続けて行こうと思っている。
三枝充悳、山内得立、中沢新一、等の仏教学者、哲学者、作家などが、龍樹の思想に挑戦し、何か一つの共通項に向かってつながっていくように思えて嬉しく、楽しい感じになってきた。
三枝充悳のこの「龍樹親鸞ノート」は ページの大著だが復刻版で5,500円。読初には一ヶ月近くかかってしまった。
これからも再読をしていこうと思う。
読み納め 積読も亦よしかな
2024年 読み納め ”積読も亦善しかな”
シュレーディンガーの「生命とは何か」、オパーリンの「生命の起源と生化学」、大学の頃に買って始めの方だけ読んで、いつか読もうと想いながら、あれから60年。2024年 読み納め ”積読も亦善しかな”
シュレーディンガーの「生命とは何か」、オパーリンの「生命の起源と生化学」、大学の頃に買って始めの方だけ読んで、いつか読もうと想いながら、あれから60年。
人生残り少なくなってきて、改めて生命と何かを考え、積読の二冊を取り出して読んだ。シュレディンガーは1887年生まれ、1961年に71歳で亡くなっている。オパーリンは1894~1980年86歳で亡くなり、二人は同世代の物理学者、生化学者だ。
シュレディンガーはご存じの如く、シュレディンガーの猫、量子論の波動方程式でも有名な物理学者だ。この物理学者が量子論の一方で、クリックとワトソン1953年にDNAの二重らせん構造を発見する前に「生命とは何か」という命題に取り組んで論文を発表していたことはすごいと思った。
オパーリンは旧ソビエトの生化学者で生化学の立場から生命の起源の解明に取り組んでいる。私は化学については、高校の二年の一年間と大学受験の浪人を含め二年間勉強しただけで、化学はどうも苦手で好きになれなかった。受験科目にあるので仕方なく勉強しただけである。だから、オパーリンの言わんとするところは多少理解できるものの、ややこしい亀の子や高分子化学となると難しくて分からなくなる。
何とか、最後まで読み切り、少しは分かったように思う。
長年の積読のままだったが、処分しないで済んでよかった。
人生残り少なくなってきて、改めて生命と何かを考え、積読の二冊を取り出して読んだ。シュレディンガーは1887年生まれ、1961年に71歳で亡くなっている。オパーリンは1894~1980年86歳で亡くなり、二人は同世代の物理学者、生化学者だ。
シュレディンガーはご存じの如く、シュレディンガーの猫、量子論の波動方程式でも有名な物理学者だ。この物理学者が量子論の一方で、クリックとワトソン1953年にDNAの二重らせん構造を発見する前に「生命とは何か」という命題に取り組んで論文を発表していたことはすごいと思った。
オパーリンは旧ソビエトの生化学者で生化学の立場から生命の起源の解明に取り組んでいる。私は化学については、高校の二年の一年間と大学受験の浪人を含め二年間勉強しただけで、化学はどうも苦手で好きになれなかった。受験科目にあるので仕方なく勉強しただけである。だから、オパーリンの言わんとするところは多少理解できるものの、ややこしい亀の子や高分子化学となると難しくて分からなくなる。
何とか、最後まで読み切り、少しは分かったように思う。
長年の積読のままだったが、処分しないで済んでよかった。