琵琶湖に想う

 観音菩薩は男性である。湖北旅行の妙齢メンバーにそう言ったら、えっ!、そうなんですかと怪訝な表情。たしかにいろいろな観音菩薩、どう見ても女性を感じる。向源寺の十一面観音など、あの独特の腰のひねりなどを見ると、ミロのヴィーナスよりも余程色気があると思う。しかし、三十三間堂の千手観音などは皆ひげがある。大乗仏教の進展の中で、仏教の中に女性性、母性性などが求められるようになってきたのだろう。
 琵琶湖周辺、近江、特に湖北には男性像が少ない。見て回った湖北の十一面観音はほとんどが女性的だ。見る角度によっては男性にも見える。両性具有の美と言うことだろう。
 どんな艱難をもすくい取るという観音経の思想、それを求め、支える民間の観音信仰がこういう女性的観音像を造り、それを村人が守ってきたということではないだろうか。
 琵琶湖という湖(うみ)が女性性を育ててきたともいう。それかあらぬか、湖北の観音様はおへそと乳首がない。これも両性具有を表しているのだろうか。
 天智天皇が開いた近江京は天武天皇に滅ぼされ、都を飛鳥に戻される。琵琶湖、近江というのは女性的な土地で政治的な都市にはならなかった。それにひきかえ、奈良、京都のような盆地は男性的な土地だというのが、A先生の解説だった。湖北を周遊し、女性的な仏像を見てなるほどと納得した。
 初めて回った湖北、明日香と似たような、しっとりとした懐かしさを感じる所だった。